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押し入れが僕の個室だった。サンタも来ない昭和の冬
正月早々、恥を忍んで昔話をさせてください。
私の幼少期には「お年玉」なんて言葉は存在しませんでした。
誕生日会もなければ、クリスマスにサンタが煙突を通ることもない。
貧乏という名の分厚い壁が、我が家にはいつも立ちはだかっていました。
小学生の頃の寝床は「押し入れ」。ドラえもんの寝床で有名ですが。。。
現実はただの冷たくて狭い空間です。
それでも、そこが唯一の自分の居場所でした。
「しんどくないよ」と笑った、自転車のない帰り道
中川家の漫才を観て、思わず苦笑いしたことがあります。
その内容は、友達がスイスイと自転車を漕いでいく横で、私は必死にその影を走って追いかけました。息が切れ、心臓が破れそうになっても、友達に「しんどいんか?」と聞かれれば、「全然!しんどくないよ」と強がって笑う。
まるで自分やん!!
そうやって、自分の弱さや「持っていないこと」を隠して生きていく術を、
子供ながらに身につけてしまった。
人に甘えることも、親切にされることも知らないまま
、心に固い殻を作って大人になったのです。

「親切」の受け取り方がわからない、不器用な還暦間近
大人になっても、その呪縛は解けませんでした。
他人から親切にされると、どうしていいか分からず、
つい身構えてしまう。
素直に「ありがとう」と言えばいいものを、
どこか裏があるのではないかと疑ってしまう。
そんな自分が嫌いでした。
その反動でしょうか。
「自分のような思いをさせたくない」という一心で、
子供やお年寄りには人一倍親切にしてきたつもりです。
自分に欠けていたピースを、
他人に与えることで埋めようとしていたのかもしれません。
60歳にして、初めて「大人」になれた気がした
そんな不器用な男に、今年の正月、奇跡が起きました。
姪が「おじさん、これ少ないけど…」と、ポチ袋を差し出してきたのです。
「お年玉」。
人生で一度ももらったことのなかったその袋を手に取った瞬間、
不意に涙がこぼれそうになりました。
何度も、何度も「ありがとう」と口に出しました。
これまで、あんなに受け取るのが怖かった人の優しさが、
じわっと心に染み込んでいくのを感じたのです。
60歳にして、ようやく「もらう」という勇気を持てた。
押し入れで震えていた少年が、60年かけてやっと本当の意味で
「大人」になれた。
そんな気がする、静かで、そして何よりも幸せな正月でした。

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